私は以前、転職エージェントの会社で法人営業として働いていました。人材会社はとても忙しく、日付が変わるまで働くことは日常茶飯事。多いときは2アポ、3アポとスケジュールを入れて、多くの企業に訪問し、話をさせていただきました。
せかせかと働いたおかげで一定の成績を収めることができ、「自分はある程度の交渉力」があると思うこともありました。しかし現在の仕事に就いて、私の考えは完全なおごりであったことを痛感しています。
前職のときの私は、打ち合わせの場所で「交渉」をしていなかったのです。クライアントの情報を聞き出し、心を開いてもらうことはできていたかもしれません。しかし、それだけです。ヒアリングした内容をもとに、自社のサービスにマッチするかを「判断」していただけでした。
現在は、アポ数は週1以下に減ったにも関わらず、「交渉」は増えたように思います。「交渉」とは、「自分の意見を押し通して受注を勝ち取ること」ではありません。相手と自分、お互いの利害を分析し、調整することで合意を目指すことです。
今回ご紹介する瀧本哲史さんの『武器としての交渉思考』を読めば、営業職に限らず、学生でも子どもでも、「自分に合意してくれる」仲間を増やすための交渉術を学ぶことができます。
「交渉」とは何をすることか?
何かを成し遂げたいと思ったとき、必ず誰かの協力が必要になります。いくら高い志を持っていても、1人で大きなことを成し遂げることはできないでしょう。そこで必要となるのが「交渉」の考え方です。
前述の通り、「交渉」とは相手と自分、お互いの利害を分析し、調整することで合意を目指すことを言います。決して「自分の言い分を強引に通すこと」ではありません。そして、どんな高性能なコンピュータでも代替できない仕事、それこそが「交渉」なのです。
では、うまく交渉するには、何が必要なのでしょうか。
「交渉」に必要な5つの考え方
①相手のメリットを考える
人はどんなに素晴らしい夢を語られても、自分のメリットにならないことにお金を払いたいとは思いません。裏を返せば、「具体的なメリットを実感できる提案には、お金を払ってくれる」ということです。
たとえばユニセフの募金活動では、「募金してください、お願いします!」と切実な呼びかけをされるよりも、「100円でワクチンを買うことができ、1人の子どもの命が助かります」と言われた方が募金をしてみようかな、と思うのではないでしょうか。「困っているから助けてほしい」というのは、基本的には「駄々」と変わらず、受け入れてくれる人は少ないでしょう。
「私が可哀想だからなんとかして!」ではなく、「あなたがこうすると得をしますよ」という提案をすることで、受け入れてもらえる可能性は格段に高まります。「いかに相手のメリットとなる提案ができるか」が、交渉の大前提となることを覚えておきましょう。
②相手の主張をどれだけ聞けるか
一見、完全に主張がぶつかっているように見える問題でも、双方の利害をよく分析してみると、うまくお互いのニーズを満たす答えが出てくることがあります。
このニーズを引き出すには、「相手が欲しがっているものはなんなのか」「相手が妥協してもいいと思っているものはなんなのか」の2つを見極めることが重要です。
たとえば、1個のオレンジを欲しがっている2人の姉妹がいるとします。「半分に分けたら?」と親がいっても「1つ分必要なの!」と言って聞きません。しかし数分後、話し合いの結果、無事に分け合うことができました。何が起きたのでしょうか? ヒントは「2人はなぜオレンジを欲しがっているのか」を考えることです。
答えは、「オレンジの皮と中身を分け合った」でした。そう、2人のオレンジが欲しい目的が違っていて、姉はオレンジを食べたかったのですが、妹はオレンジの皮でマーマレードを作りたかったのです。
交渉は奪い合いではありません。限られたパイを奪い合うのではなく、パイ自体を見直して見ましょう。相手の利害とこちらの利害が完全に対立していない限りは、双方の利益を増やせる「落とし所」を発見できる可能性はあるのです。
③複数の選択肢を持つ
「複数の選択肢を持つ」ことについて、押さえておくべきポイントは2つです。
1つは、交渉相手は自分との交渉が決裂しても、他に選択肢があるかもしれないこと。もう1つは、交渉時は必ず自分には選択肢がある状態にしておくことです。
前職の転職エージェントでは、「転職はそれほど転職したいと思っていないときにした方がいい」と言われていました。さらに、最高の転職時期は会社で一番輝いているとき、成果を残しているときだとも言われています。これもこの「複数の選択肢を持つ」という考え方に起因しています。
会社で成果を残しているとき、所属している会社は「その人にいてもらわなくては困る」状態です。そしてそのような状態の人材を他社が欲しがらないわけはありません。「いつでも他の会社に転職できる」という選択肢を持っていれば、現職に年収交渉を仕掛けることも、他の条件に合った会社を吟味することもできます。
交渉の場で最もよくないのは、選択肢が1つしかない状況です。たとえば現職で評価されず、減給にあったとします。転職してやろう、と奮起し転職活動をしましたが、他の会社から内定が1つももらえませんでした。この場合、今の会社のお給料に文句は言えず、そこで働くしか選択肢がなくなってしまいます。
つまり交渉は、どれだけ多くの選択肢を持った状態で臨めるかが重要であり、そのための事前準備で8割が決まるのです。
④交渉はスタート地点で決まる
ビジネス交渉の場において、金額のみが論点となる場合は、最初に途方もない条件を提示することで、相手を「アンカリング」することが有効な場合があります。
アンカリングとは、最初の提示条件によって、相手の認識をコントロールする手法です。どんなに法外な条件でも、「提示されるとそれを基準に考えてしまう」という人間の心理をうまく利用しています。
アンカリングをする際に大切なのは、できるだけ目標を高く設定することです。こちらが「100円で売りたい」と考えている商品について、「150円で買いましょう」と言ってくる相手はいませんよね。「80円ではいかがでしょうか?」と値切られることの方が多いはずです。最終的に得られる結果が、最初に提示した金額以上になることは滅多にありません。
アンカリングは日常でもよく遭遇します。エステサロンに行って、予算は10万円だと言うと、大抵は12〜15万円くらいのものを提示されます。できるだけ予算を低く抑えたいときは見栄をはらず、思いきって自分が想定している予算のはるか下の金額を提示してみましょう。そうするとちょうど予算くらいに収まるはずです。名付けて、「逆アンカリング」、今度私もやってみたいと思います。
⑤譲歩をうまく使う
相手と自分、両者の考える条件のギャップが大きい場合には、「譲歩」の必要が出てきます。譲歩とは、自分の条件の一部を諦める、あるいは相手にとって得となる付加価値をつけることを言います。
譲歩するときの条件は大きく2つあります。
- 無条件の譲歩は絶対にしない。
- 「相手にとって価値が高いが、自分にとっては価値が低い条件」を譲歩の対象とする。
たとえば、自動車のディーラーはこのテクニックをうまく使っています。車を買うときの値引き交渉で、「これ以上のお値引きは難しいのですが、オプションの付属品をお付けします」と言われることがありますよね。これが譲歩です。
一見、買う側からは嬉しい提案ですが、販売店側はこれらの付属品はメーカーからタダ同然で仕入れた品であり、実は損は一切ありません。このとき、あなたがすべき正しい交渉のアクションは、「いえ、オプションはそれほど重要視していないので、50万円値引きできないのであれば、他の店での購入を検討します」となります。
譲歩の条件2のように、ディーラーは「値引き」よりも自分にとって価値の低い「オプション」を提示してきています。ということは、このディーラーにとって「価格」はできれば下げたくない要素だということが分かります。
このように、「オプション」「価格」「保証」「メンテナンス」など、さまざまな譲歩を提示することで、相手が大事にしている判断基準を見極めることが大切です。相手のコア部分を知ることで、こちらに有利に交渉を進めることができます。
しかし逆に、自分のコア部分を知られてしまったとき、交渉は不利になってしまうことにも気をつけなければなりません。もし、「実は1週間後にこの車が必ず必要で、他店と吟味している時間はない」という状況で、交渉のコアが「早く納品してもらえる車屋さん」かつ「その車屋は近所だとここだけ」という状況であることが知られてしまえば、一気に相手側に有利な交渉と様変わりしてしまうでしょう。
最後に
さて、冒頭にもお話しましたが、交渉とは「お互いの利害を分析し、調整することで合意を目指すこと」です。たとえ自分が相手の交渉のコアを知っていて、優位な状況に立っていたとしても、ビジネスが一度きりで終わってしまうような横暴な条件提示はしない方が賢明です。
私も現在進行中の交渉において、つい自社のメリットにばかりフォーカスしそうになります。そんなときは、本書の教えである「相手のメリットは何か」を常に頭に置いて行動することを思い出し、多くの情報を「聞き出す」打ち合わせにしたいと思います。
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