今回紹介するのは、株式会社インテージの石渡佑矢氏によるデジタル時代の基礎知識『リサーチ』です。「真のリサーチ入門書」を提供したいという出版社の想いに共感して書かれたという本書は、「リサーチとはどういうもので、どのように役立つのか」という大枠を理解できる初学者向けの一冊です。
通信環境やスマホの進展にともない、生活者の情報接触行動や消費行動は大きく変化しました。人々の価値観や嗜好の多様化も進んでいます。
業界を問わず、顧客を知らないまま成果を上げることはできなくなり、マーケティングの主役は、企業から生活者に移り変わっています。
こうしたデジタル時代において、生活者を知るためのリサーチの重要性はますます高まっています。リサーチというと、以前は調査部門や分析担当者など一部のスタッフの専門領域と思われていましたが、今では、あらゆる部門が関わる領域となり、すべての部門が生活者を中心に考え、組織全体でマーケティングのPDCAを回していくことが求められているのです。
この記事では、リサーチをする上での考え方やフレームワークなど、基礎情報をピックアップしてご紹介します。
読書ノート
デジタル時代のリサーチの価値とは?
現在、生活者が受け取れる情報量をはるかに超える情報があふれ、今なお増え続けています。よいモノを作ったとしても、注目を集めなれなければ誰にも知られずに消えていってしまいます。そのため企業は、自社の情報を生活者に届けるためにアテンション(注目)を奪い合っています。
そのために必要になるのが「リサーチ」です。「リサーチしなくても、よいものを作れば売れた」というのは過去の話であり、リサーチを事業に活用している企業としていない企業では、情報の格差がどんどん広がっています。「情報をどれだけ知っているか」が事業戦略やマーケティングに反映され、売上の結果に表れるのです。
アテンションを得るためには、これまでのような「市場の計測」のための「リサーチ」では十分ではありません。これからのリサーチは「潜在ニーズの発見」や「ビジネス機会の創造」といったイノベーションのエンジンとしての役割も必要とされているのです。
デジタル化の進展や多種多様なデータの広がりに伴い、リサーチが果たす役割は「マーケティング」から「イノベーション」へ拡大していると著者は言います。
リサーチは何の役に立つ?
ビジネスの意思決定をサポートする
何の情報も得ずに企業が意思決定をすることはありません。リサーチで「社外情報」「社内情報」を把握し、ビジネス判断を下します。
本書では、意思決定に役立つ3つのフレームワークが紹介されています。
○【外部環境分析】PEST分析
マクロ環境が変わると、ビジネスモデルの見直しを迫られる場合があります。フィリップ・コトラーが提唱したPEST分析ではマクロ動向を捉えることができます。
- Politics(政治)…政治情勢、政策、税制、法改正、規制緩和、外交など
- Economy(経済)…景気、株価、物価、為替、金利、雇用、所得など
- Society(社会)…人口動態、世論、文化、ライフスタイル、流行など
- Technology(技術)…技術革新、特許、研究開発、代替技術など
たとえば法改正や規制緩和によって、ビジネスのルールは大きく変わりますし、景気動向や為替リスク、原材料の高騰など、国内外の経済動向もウォッチしておく必要があります。
自社の事業が永遠に存在する保証はないため、社会の動きに合わせて自社も変わっていかなければなりません。インターネットの誕生やスマートフォンの普及など、あらゆる業界の事業環境を変えてしまうようなテクノロジーにも敏感でいる必要があります。
○【内部環境分析】VRIO分析
自社が保有している経営資源や組織能力を客観的にリサーチすることで、自社の強みと弱みを分析します。
- Value(価値)…その経営資源には価値があるか?
- Rarity(希少性)…他者が保有していない経営資源を持っているか?
- Imitability(模倣可能性)…他社に簡単に真似されない経営資源か?
- Organization(組織)…経営資源を有効に活用する組織づくりができているか?
○【意思決定のためのフレームワーク】SWOT分析
外部環境(機会・脅威)と内部環境(強み・弱み)をクロスさせることによる分析方法です。
社外で起きていることが自社にとっての「機会」で、なおかつ自社の「強み」と合致すれば、参入などの攻勢に入れます。反対に自社にとって弱い領域で、外部環境も好ましくなければ撤退といった防衛策も視野に入れるべきでしょう。
現状を理解する
リサーチは、自社の置かれている状況を理解するために役に立ちます。商品が売れなかった理由を知るためには、順を追って状況を把握し、リサーチすることが必要です。
売れ行きが好調だとしても、当初の計画とズレが生じていないかリサーチする必要がありますし、売れていてもズレが生じている場合は、マーケティングを見直す必要があります。
またリサーチすることで真の競合を知り、自社の状況を俯瞰することができます。
生活者の収入が増えれば消費は増える傾向にありますが、1日24時間という時間の上限は増えません。生活者が消費行動に使える時間は限られているため、同じ商品群のみならず、あらゆるものが競合といえます。
例1:「知識を獲得したい」の競争環境
- 情報媒体の閲読
- 学校、講座に通学
- 研修、セミナーに参加
- eラーニング
- 就職、転職
例2:「自分にご褒美をあげたい」の競争環境
- 旅行
- テーマパーク
- スパ・エステ
- ブランド品
- 外食
リサーチを始める前に
課題を正しく設定する
リサーチとは課題解決のための手段ですから、まずは課題を正しく設定することが大切です。課題設定が正しく行なわれないまま、リサーチを始めてしまうと、データの収集や分析そのものか目的化してしまいます。
また、デジタル時代の現代では、ECサイトやウェブ広告の領域では購買やアクセスの履歴が自動的にデータとして収集されたりと、データが自動的に集まる仕組みが増えています。
大量にデータがあると際限なく分析ができてしまうため、「どのような情報があれば次のステップに進むことができるか」という視点で情報収集を始めることが重要です。
リサーチ企画のポイント
リサーチを企画するときは5W3Hで考えることがよいとされています。
- Why?…目的、なぜリサーチするのか?
- Who?…対象範囲・定義、誰を対象のするのか?
- What?…内容、何をリサーチするのか?
- When?…時期、いつするのか?
- Where?…場所、どこでするのか?
- How?…方法、どうやってリサーチするのか?
- How many?…対象数、どのくらいの数にリサーチするのか?
- How much?…予算、どのくらいの予算をかけられるのか?
さまざまなリサーチ方法
パネルとアドホック
○パネル調査
同じ内容について継続的に同じ人や店舗にリサーチする方法。消費動向や販売推移、メディア接触変化など、時系列で状況を把握することができる。
○アドホック調査
特定の目的に応じて1回限りのリサーチをする方法。パネル調査に比べ、聴取する内容や対象を自由に決めることができる。
定量と定性
○定量調査
回答結果を数値で表すことができる調査方法。仮説検証や効果測定に適している。
○定性調査
インタビューなどで「言葉」を引き出す方法。想定外の発見を期待できる。
戦略的にリサーチを活用する
リサーチの活用例
リサーチのマーケティング活用の例として、メーカーではロングセラー商品のリニューアルに役立てることができます。
リニューアルプロセスにはさまざまなリサーチが関わってきます。
- 小売店データ、消費者データ、ネットリサーチ、情報接触データをリサーチし、ターゲット層の動線を理解する。
- リサーチ結果を基にメディア分析をして、リニューアルの方向性を決定する。
- パッケージのリデザイン、プロモーション施策立案、広告制作を行なう。このときに、グループインタビューで試作品や広告クリエイティブなどの評価をリサーチすることもできる。
- ブラッシュアップを行ない、商品をリニューアルしたら、小売店・消費者データ、露出分析・SNS分析、情報接触分析などのリサーチを行なうことで、持続的なマーケティングPDCAができあがる。
リサーチの基本を身につけよう
買ってもらう仕組みを作ることがマーケティングだとするなら、仕組み作りのために生活者を知ることは欠かせません。リサーチによってマーケティングはさらに研ぎ澄まされます。
またデータ分析を軸として事業の意思決定やマーケティングを行なう「データドリブンマーケティング」が世界的に注目されているデジタル時代において、リサーチの意義はこれまで以上に高まっています。
リサーチの基本を知りたいと思ったら、ぜひ本書を手に取ってみてください。
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