今回ご紹介する本は、ロバート・B・チャルディーニ氏の『影響力の武器[第三版]:なぜ、人は動かされるのか』です。Amazonで400人を超える評価者がいるにもかかわらず、星4.5という高評価を得ている名著です。
これまで著者の本を読んだこともなければ、「影響力」について特別興味があったわけでもないのに、なぜAmazonの評価を見ただけで、読むつもりのなかった本書を選んでしまったのか────本書にはその答えが書かれています。
ランチに何を食べるか、休日に何の映画を観るか、どのメーカーのテレビを買うかなど、普段、私たちは自分の意思で選択し、行動していると思っています。しかし実際は、私たちの行動のほとんどが、ほんの限られた情報(信号刺激)に誘導されて自動的に起きているといいます。
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。それはずばり「手っ取り早い」からです。信号刺激に自動的に反応することで、私たちは貴重な時間やエネルギー、考える労力を節約することができます。多くの場合、自動的な行動パターンに任せれば問題ありませんが、この原理を悪用する相手に遭遇したとき、とんでもない痛手を負ってしまう危険性があります。
著者は、アリゾナ州立大学心理学部の名誉教授。セールスマンや募金勧誘者に紛れ込んだり、広告代理店などに潜入したりして、相手を「承諾」に導く心理的メカニズムを解明してきた社会心理学者です。
本書は、簡単にだまされない賢い消費者になるための視点で書かれていますが、「承諾」の原理は様々なビジネスシーンに役立てることができます。
早速、私たちの行動に影響を及ぼす6つの原理をご紹介します。
私たちの行動に影響を及ぼす6つの原理
①返報性
太古の昔から、私たち人間にとって最も重要で、基本的な社会のルールの1つとなっているのが、「返報性」です。返報性とは、他者から何かを与えられたら、自分も同じように相手に返そうとする原理のことをいいます。誕生日プレゼントをもらったら、相手の誕生日のときにはプレゼントを渡さなきゃと思いますよね。まさにこの原理が働いているからです。
「返報性」は非常に強い力を持っており、与えられっぱなしという状況になると、不快感すら抱きます。そして、その不快感から解放されたいがために、時として相手へのお返しとして不平等なほどの大きな頼みを聞いてしまうことがあるのです。
デパートの食品売り場で一口試食をもらったら、そのまま立ち去るのは悪い気がして商品をカゴに入れた記憶はないでしょうか? ほんの一口が、購買行動に至らせることもあるのです。
②一貫性
私たちは、自分の言葉、考え方、行動を一貫したものにしたいと思う生き物です。なぜなら、一貫性がないと社会から信用されないからです。ケンカの際に、「言っている事と、やっている事が違う」というのは、よくある台詞ですよね。
つまり一度コミットメントしてしまうと、私たちはそのコミットメントに合致した要求を受け入れようとするのです。禁煙やダイエットをするとき、周囲に宣言すると成功しやすいのは、まさにこの原理が働くためです。「口先だけの人」と思われたくないがために、人は困難を乗り越えようとします。
でも、気をつけてください。「痩せたいんですよね。じゃあ、この運動器具を使うしかないですね」のように、一貫性の原理を悪用して高い買い物をさせようとする相手もいますから。
③社会的証明
判断に迷ったときや決断できないとき、その他多くの人に従えば間違いないだろうと考えてしまうのが、社会的証明による影響です。私が本書を選んだのも、まさにこの「社会的証明」が働いた結果です。
新型コロナウイルス感染が日本国内で始まった当初、人々がトイレットペーパーを買い求め、店頭からトイレットペーパーが消えました。ウイルス感染が拡大するとトイレットペーパーが品薄になるという確かな情報がないにもかかわらず、その他多くの人の行動をみんなが模倣したことで起きた現象です。
さして考えもせず、信号刺激(他者の行動)につられて行動することは、日常的に起きています。私たちが人気ランキングや視聴率などを気にするのも、この原理が背景にあります。
④好意
相手に好意を感じているとイエスと言いやすくなります。特に、身体的に魅力がある人や、自分と似ている人からの要求には、考えずに承諾する傾向が高まります。
著者によれば、私たちが製品を購入するとき、製品そのもに対する好感度よりも、販売員との関係性の方が決め手になることが、数々の研究結果から明らかになっているそうです。振り返ってみれば、店員さんと話しているうちに仲良くなってしまい、買う予定のなかった服を衝動買いしてしまった経験が自分にもあります。
覚えておきたいのは、この原理には「連合のプロセス」が働くという点です。好意を抱いている対象と、全く関係のないものが一緒に(連合となって)提示されると、私たちは両方とも好ましく思ってしまうのです。CMに人気タレントが起用されるのは、まさにこのメカニズムを利用しているからです。
⑤権威
いつの時代も、人は権威のある人物に従ってきました。それが社会のルールであり、それによって社会的秩序が保たれてきたからです。大抵の場合、権威者の言うことに従うことは、適応的な行為です。しかし時として、単に権威のシンボルに反応して行動してしまっていることがあります。
気をつけるべきは、肩書き、服装、装飾品、これら3種類のシンボル。数々の研究によって、これらが人の行動に影響を与えることが解明されています。初対面の相手が、どんな人なのか判断することは容易ではありません。そこで肩書きや服装、身に付けているもので、私たちは手っ取り早く信用できる相手かどうかを見極めているのです。著者によれば、装飾品の中でも特に車は人に与える影響力が大きいそうです。
詐欺グループの犯人たちが警察官の制服を着るのは、まさにこの原理を利用しているからだと言えます。逆に言えば、私たちは服装や装飾品に気を配ることで、相手の信用を得ることができるのです。告白やプロポーズする時は、身だしなみに気をつけた方が良さそうですね。
⑥希少性
この原理は、思い当たる方も多いと思います。「数量限定」「最終セール」といったワードは、まさに「希少性」を利用した販売戦略です。人は機会を失いそうだと思うと、その機会をより価値のあるものだと見なしてしまいます。
理由は2つあります。まず、入手困難なものは実際に貴重なものであることが多いので、「希少性」は物やサービスの質を手っ取り早く判断する手がかりになるということです。もう一つは、物やサービスが手に入りにくくなる時、私たちは「自由」を奪われるからです。常に店頭にある物なら、買うも買わないも自由ですが、期間限定商品の場合、機会を逃せば二度と買うことはできません。商品自体ではなく、「買うという選択肢を奪われるかもしれない」という状況に反応して、私たちは行動してしまうのです。
「希少性」の圧力に抗うのは簡単ではありません。しかしこの原理が働いている状況に気づいたら、一種の興奮状態に陥っていることを認識し、本当に手に入れたいものなのかを冷静に、焦らず考えるように努めることが大切です。それだけで、衝動的に行動して後悔することを減らせるはずです。
まとめ
ご紹介した6つの原理は、社会生活をよりスムーズに、よりスマートに送るために欠かせないものです。しかし様々な情報が溢れる現代を生きる私たちは、少しでも楽に、そして手っ取り早く物事を判断しようとして、これらの原理に流されやすくなっています。
何から何まで情報を精査して行動することは現実的ではありませんが、少し立ち止まって考えることを意識するだけで、自分でも思いもよらない行動をして後悔する機会は減るはずです。
逆に、サービス業や営業職の方などは、6つの原理をヒントに、仕事でより成果を出しやすくなると思います。賢く生きていくため、お互いに影響力の原理と上手に付き合うことが大切なのかもしれません。
本書には、著者の体験を中心に面白い事例や研究内容がたくさん紹介されていますので、興味がある方はぜひ一読してみてください。
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