『悲しみの底で猫が教えてくれた大切なこと』試し読みページ

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僕は、どうして生まれたんだろう。
僕は、何のために生きてるんだろう。

きっと答えなんて見つからない。
永遠に見つかるはずがない。

だって僕は生まれたくなかったから。
この世に生まれちゃいけなかったから。

悲しみの底をさまよっていた僕は
ずっとそう思っていた。

あの日あの猫に出会うまでは……。

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それは、桜の花びらが舞う四月の午後だった。

窓から見える桜並木を眺めながらタバコをふかしている……と言うと聞こえはいいが、ここは都会でもなければ高級マンションの一室でもない。田舎の片隅にあるパチンコ店の休憩室だ。今の今までつぶれなかったことが不思議なくらい古い店だが、ヒマを持てあましている常連客のお陰でどうにか生き残っているのだろう。

そして、そんなヒマな常連客のうちの一人が、窓の外から僕のことを呼んでいる。

「五郎ちゃーん、そこにいるんでしょう? ミィちゃんのエサここに置いておくから、あとであげといてね。今、ミィちゃんお出かけ中みたいだから」

二階にある休憩室の中まで響き渡るその声は、ほぼ毎日聞いていると言っても過言ではない。

今年還暦を迎えた常連客の彼女は、同じ地域で金物屋を営んでいるのだが、このパチンコ屋に住み着いているノラ猫に毎日エサをあげに来ているのだ。

僕はすみやかにタバコの火を消し、彼女のところへ向かった。

「弓子さん……ノラ猫にエサをやらないでって何度も言ってるでしょう?」

「そんな冷たいこと言わないでよぉ。それより五郎ちゃん、このノート、少しの間ここに置かせてもらうわね」

「ノート…?」

常連客の弓子は、僕の回答を耳に入れる間もなく、店先のベンチに猫の缶詰と一冊のノートを置き、自転車をこいで行ってしまった。何年も油をさしてないと思われるその自転車は、弓子の体重に悲鳴をあげるかのごとくキィキィ音をたてている。

僕はベンチに腰かけ、再びタバコに火をつけた。

常識的な会社だったら、店先でタバコを吸うような従業員は即クビにするだろう。でも、ここは客と店員が親戚のような関係の小さい町だ。今さら僕の勤務態度についてどうこう言う上司もいなければ、気取った客もいない。「あの若僧、また仕事サボってやがる」と言わんばかりの目で素通りする程度なのだ。

そんな居心地のよさを言い訳にして、この緊張感のない日々を送り始めてかれこれ三年が経とうとしている。それまでは、心休まらない人生を送っていた僕だが、それについてどうこう振り返るようなことは、今はまだしたくない。

ひとまず、口の中にこもっている煙を勢いよく吹き出しながら、弓子が置いていったノートをペラペラとめくった。

すると、ノートの中には弓子が保護している捨て犬や捨て猫たちの写真と、その動物たちがどこでどんな風に拾われたかなどの経緯や特徴が細かく記されている。

また、「この子たちと家族になってもいいという人は連絡を」と、ご丁寧に自宅の電話番号まで書かれている次第だ。

これは、いわゆる一つの『里親探しノート』ってやつだろう。

(こんなことしたって、捨てられた動物を飼いたいなんていうやつ簡単に見つからないだろ……。こんなノートを作るなんて、よっぽどヒマなんだな)

さらには、「動物に関する質問、お気軽にどうぞ」と書かれたページまで設けられている。
読んでいるだけで溜め息をつきたくなるほどマメなノートを閉じると共に、ノラ猫の〝ミィちゃん〟が「ミャア」と鳴きながら僕の足にすり寄ってきた。

思わず、「おかえり」と言ってしまった自分に恥ずかしさを感じつつ、弓子が置いていった缶詰をミィちゃんに与えた。

しかし、この一冊のノートが、この先様々な問題を引き起こすことになるとは、置いていった弓子自身を含め、誰一人として知るよしもなかった。

仕事に戻ると、なにやら店内がざわついている。

いつもは地蔵のようにじっと座っている客たちが、あちらこちら立ち上がっていて、スロットマシーンコーナーの方をのぞき込んでいる。すると、みんなの視線の先から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。

「この泥棒猫が! 人のメダルを盗んで得しようなんて、クズみたいなことしてんじゃねーよ!」

まるで雷が落ちたような剣幕で怒っているのは、「町内一の金持ち」と言われている不動産業の社長で、まだ五十そこそこの門倉という男である。

先代が残した膨大な遺産があるとの噂で、陰では「道楽社長」と呼ばれている。

たいして汗水流すこともなく、毎日パチンコやスロットをして遊んでいる門倉だが、これがまた〝持っている〟というか、とにかくツイてる男なのだ。

意味なく生きているような僕とは、持って生まれたものが違うというか、いくつも土地やマンションを管理している門倉の会社は年々大きくなっているという。

そんなツイてる門倉は、今日もまたスロットマシーンで大当たりを連発し、椅子の下にドル箱をいくつも積んでいるのである。

「なんだよ、たった一箱くらい分けてくれたっていいじゃねーかよ、このケチ社長」

お門違いな捨てゼリフを吐き、門倉から盗んだメダルの箱を投げるように床へ戻した男は、二十代前半の宏夢というフリーターだ。確か、僕より五つか六つ年下だったと思うが、調子のいい性格で、常連の弓子と同様に僕のことを「五郎ちゃん」と呼んでくる。最近は〝なんでも屋〟の見習いをしているとのことだが、こんな小さい町で頻繁に浮気調査の依頼が入るわけもなく、やはりヒマ人の溜まり場であるここへ毎日足を運んでいるのだ。とはいえ、金が尽きて人のメダルを盗もうとしたのだろう。

もちろん、盗むことは良くないが、門倉もあり余るほど金があるのなら、一箱くらい分けてやりゃいいのに……と店員の僕ですら思ってしまった。

そんな心の中のつぶやきは、つい言葉に出てしまっていたようで、門倉はこちらを睨みつけながら静かに怒り始めた。

「おい、そこの店員。五郎とか言ったな。今のどういう意味だよ」

「どういう意味って……いや、別に深い意味は……」

「軽蔑するような目で客を見てんじゃねぇよ」

「いや、本当にそういうわけじゃ……」

「お前も金がほしいのか? ほしいならほしいって言えよ。『あぁ、こいつになら金をくれてやってもいいな』と思わされたら、いくらでもやるから。でも、こんなつぶれそうなパチンコ屋でボーッと立ってるだけのお前が金を持ってたって、どうせ食い尽くして終わりだろう? 金だってお前のところになんか行きたくないだろうよ」

確かに、僕は毎日ボーッと立っているだけかもしれない。でも、赤の他人にそこまで言われる覚えはない。ましてや、金が僕のところに来たくないって? 金に気持ちなんてあるわけないじゃないか。

……と、心の中でつぶやいていると、門倉はまるで僕の心の声を読み取ったかのように目を光らせ、静かにこんなことを言った。

「お前……、何のために生きてるんだ?」

門倉の質問に答えられなかった僕は、なんとも言えない悔しさを感じた。

すると門倉は黙っている僕に背を向け、宏夢の方へ行き、彼の目をまっすぐに見てこう言った。

「おい、なんでも屋。一ついいこと教えてやるよ。自分の意志で金をくれてやるのと、人の悪意で盗まれるのとは全然違うんだよ。ま、目先のことばかり考えているやつらに言ったって、意味がわからないだろうけどな」

そう言うと、門倉は他の店員を呼び、椅子の下に積んであるドル箱をカウンターへと運ばせた。

その日の帰り道、僕は門倉に言われた言葉を思い出した。

「何のために生きてるんだ?」って、こっちが聞きたい。自分の意志で生まれたわけでもないし、だからといって死にたいわけでもない。

金も夢もないけど、だからといって誰かに迷惑をかけているわけでもあるまいし、赤の他人にあんなことを言われるなんて本当に腹が立つ。いや、僕が腹を立てているのは赤の他人の門倉に対してではなく、自分自身にかもしれない。生きていることに意味を持てない自分の人生に、きっと僕は腹を立てているんだ。

そういえば、門倉はいくらでも金をやるなんて言っていたが、本気だろうか?

いや、わずかなメダルでもあんなに激怒する人間が、「こいつになら金をくれてやってもいい」なんて思わされる瞬間があるわけない。

もし本気だとしても、僕はあんな傲慢な人間から一円たりとももらいたくない。

メダルを盗もうとした宏夢だって、きっとそう感じたことだろう。

なんでも屋の見習いを始めて、今月で三ヶ月となる。

一人前になるまでは半年かかると言われているが、その期間を過ぎたら月給百万も夢じゃないそうだ。こんな小さな町で本当にそれほど稼げるのかは疑わしいところだが、今までいい加減な生き方をしてきた俺を雇ってくれるのは、ここくらいしかない。

時間はかかるかもしれないが、いつか「成功者」と呼ばれる人間になるのが俺の夢なんだ。そして俺を捨てた母親を見返してやりたい……。

俺の母親は、不倫したあげく未婚で俺を産み、しまいには虐待して施設へ放り込んだんだ。二歳か三歳の時、思いっきり頬を叩かれたのを覚えている。痛いというより熱かったというか……覚えているのはその一度だけだけど、きっと日常的に手をあげていたに違いない。

でも、叩かれたことよりももっと忘れられない記憶がある。それは、一度だけ抱きしめられたこと。頬の痛みは月日と共に薄れてきたものの、抱きしめられた時のぬくもりは、消したくても消えない。

母親の顔も覚えてないし、年も名前も知らないけど、抱きしめてもらったあの時、すごく温かくて、すごくやわらかくて、なんとも言えない、いい香りがした。

もしかすると、あれは施設へ送り込む日だったのかもしれない。母親に対する最後の記憶だから、俺の中の無意識が消そうとしないのかも……。

小学生になるまでは、もう一度抱きしめてもらうことを夢見たりしたけど、いつしか見返してやることが俺の夢に変わっていった。ともあれ、三歳か四歳になる頃には、俺はもう自立の一歩を踏み出さざるを得なかったのだ。

勉強が嫌いだった俺は、高校へ進学することなど頭の隅にもなく、十五で施設を飛び出した。そして窃盗を繰り返し、人の金を盗むことに罪悪感など持たなくなった。

ただ、施設の中には真面目なやつもいる。俺のように親の顔を知らなくても、勉強に励んでるやつもいた。

とにかく、いつまでも金を盗んで生きていくわけにはいかない。だから、どんなことをしてでも金を稼ぎたい。稼いで、そして増やして、俺は成功者になるんだ。

とは言っても、つい昔の癖で、パチンコ屋にいつもいるあの社長のメダルを盗もうとしてしまった。やっぱり、人はそう簡単に変われないのかもしれない……。

そういえばあの社長、「自分の意志で金をくれてやるのと、人の悪意で盗まれるのとは全然違う」って言ってたけど、あの言葉はいったいどういう意味だろう。盗まれようが、あげようが、金が少なくなることに変わりはない。

素直にくれと言ったら金をくれるとも言っていたが、それは本当だろうか?

そんなことを考えていると、なんでも屋のオーナーから一本の電話が入った。

なんと、ある案件を俺一人に任せてくれるというのだ。

一人に任せてくれるということは、もちろん報酬も独り占めできる。

見習い生活三ヶ月目にして、いったいどのような仕事を与えてくれるというのだろうか。大げさかもしれないが、俺は成功者への第一歩を踏み出したかのような気持ちになった。

── 数日後 ──

今日は、店先の雰囲気がどことなくいつもと違った。

入口の横に置いてあるベンチに腰かけて一服しようとした時、その「いつも」との違いに僕は気づかされた。

黒い制服のズボンのお尻に、白いペンキがべったりとついたのだ。どことなく感じた「いつも」との違いは、古びた汚いベンチが白く塗り替えられていたからだろう。

「『ペンキ塗りたて』の紙くらい貼っとけよ……」

常連たちの笑いものとなる前に、制服を着替えようと更衣室へ向かう途中、飲食スペースの小さなテーブルの上に『里親探しノート』が置いてあるのを見つけた。

それは数日前、常連の弓子が置いていったノートだ。

すると、ノートの表紙に白いペンキと思われる小さな手形がついている。

おそらく、ベンチに座ろうとして僕と同じような災難にあった人がいるようだ。

しかし、それはあきらかに子どもと思われる手形だ。常連が子どもでも連れてきたのだろうか。最近は、子どもの出入りに厳しくなったため、あまり見かけなくなったのだが……。

僕は、更衣室へ向かっている自分の行動を一瞬忘れ、小さな手形がついているそのノートを開いた。数日前よりも、さらに増えている捨て猫情報を読み流しながらページをめくっていると、奇妙なコメントが書かれているのを見つけた。

そのコメントは、真っ白いページの真ん中に、ポツンとこう書かれてある。

『ネコは、ごはんを何日食べなければ死にますか?』

しかも、その字はまるで文字を覚えたてのような〝ぎこちない字〟である。

表紙に手形をつけた子どもが、いたずらで書いたのかもしれない。

とにかく僕には関係のないことだと思い、ノートを閉じて更衣室へ向かおうとしたその時、ズボンのポケットの中で携帯の振動を感じた。

お尻に白いペンキをつけたまま携帯を取り出すと、なんでも屋の見習いをしている宏夢からの着信だった。

以前、店の常連たちと近所の居酒屋へ行った際、宏夢と携帯番号を交換してからちょくちょくかけてくるのだ。

僕は、とっさに数日前のことを思い出した。宏夢が門倉のメダルを盗んだ件で、何か問題でも起きたのだろうか。

しかし、電話の内容は僕の予想とは全く違う用件だったのだ。

「五郎ちゃん、助けて……」

今にも泣き出しそうな宏夢の声は、何かしらの事件に巻き込まれたかのように怯えていた。僕は、まぬけなズボンを着替えることのないまま、宏夢がいるところへと全速力で向かった。

宏夢が腰を抜かして動けなくなっていたそこは、僕が勤めるパチンコ店から五百メートルほど離れたところにある築三十年ほどのアパートの一室だった。

二階の一番奥にある二〇五号室で待っていた宏夢は、玄関を入ってすぐ右横にしゃがみ込んでいた。

子どものように、すがる声で「五郎ちゃん! 待ってたよ」と言う宏夢に、僕は一つ一つ事情を聞いた。

「ここ、お前んち?」

すると宏夢は、首を横に振りながら「いや……、客の家」と言い、押入れの方を指さすと、「五郎ちゃん、あそこの中、見てきて」と言った。

僕は、「死体でも見つけたのか?」と冗談まじりに宏夢の肩を叩きつつ、変な汗をかきながら押入れのふすまに手をかけた。

三分の一ほど開いていたふすまは湿気で歪んでいたが、両手で力を込めて開けると、ガタンッと一気に開ききった。

開いたのはいいが、下段の奥に灰色っぽい物体がじっとしている。

「ねぇ、五郎ちゃん……それ、猫…だよね?」

携帯画面の光をあててみると、その物体は宏夢の言う通りやや大きめの猫のようだ。ペルシャ系の血が入っているのか、グレーがかった長毛の種類の猫だ。

しかし一向に動く気配はなく、下を向いたまま丸まって目を閉じている。

「宏夢……この猫とお前の仕事って、関係あるのか?」

「あぁ、大アリだよ。そいつを動物の引き取り業者に引き渡すのが俺の仕事なんだ」

「業者に……引き渡す?」

「そうだよ、無事に引き渡したらオーナーから三万もらえることになってるんだ」

「三万円も? たかが猫を一匹引き渡すだけで? しかも、生きてるか死んでるかもわからないこんな猫を?」

「そう……。このアパートの住人から報酬はすでに振り込まれてるらしい。だから、あとはケージに入れて引き渡すだけなんだって」

さらに宏夢は、ぽつりぽつりと真意を話し始めた。

「俺……、猫はダメなんだ」

「ダメって?」

「なんでかわからないけど、猫だけは触れないんだ……」

「じゃあ、なんでこんな仕事引き受けたんだよ」

「だってさ、なんでも屋の仕事をして初めて一人で任された仕事だから……すげぇ張り切っちゃって。あぁ、ようやくちゃんと金を稼げるって思ったら、一歩前に進めた気がしてさ。俺だってやる時はやるんだっていうか、『今に見てろよ』って思ってたことが叶う気がしたっていうか。ねぇ、五郎ちゃんならそんな気持ちわかるだろう? 母親に対して見返してやりたいって気持ち、五郎ちゃんならわかってくれるよな?」

僕は、宏夢と育った環境も性格も違うけど、ただ一つ共通していることがある。

それは、母親に見捨てられた過去があるということ。

だから、宏夢とはただの「常連客と店員」というより、どことなく兄弟のような感覚に近いのかもしれない。そのせいか、年下の彼に「五郎ちゃん」と呼ばれても別に悪い気はしない。

ともあれ、幼い頃の苦い思い出を振り返っていると、宏夢が僕の前にケージを置いた。

「五郎ちゃん、店先でノラ猫飼ってるだろ? だから猫に触れるよね? そいつ、押入れから出してくれよ」

「⁉」

「お願い! 五郎ちゃん、人助けだと思って……いや、猫助けだと思って一生のお願い!」

そう言うと、宏夢は神頼みをするように僕をおがみ出した。

改めてアパートの室内を見渡すと、不自然なくらい物がない。大型家具やテレビには差し押さえの紙が貼られていて、あきらかに人が住んでいる気配は感じられない。

「宏夢、もしかしてここ……夜逃げしたあとか?」

「あぁ、オーナーからはそう聞いてるよ」

「生きものを置いていくって、どういう神経してんだよ。しかもこの状態……置き去りにしてから一日二日ってわけじゃないよな」

「……」

「猫も『物』ってわけか」

えらそうなことを言える人間ではないけど、こんなに狭い押入れの中で丸まっている猫を、平気で放っておく人間にはなりたくない。もしこの猫が死んでいるとしたら、このままここで腐るのを見て見ぬ振りすることになる。

もし死んでいたら、せめて土に還してやろうと思い、僕は勇気を出して押入れの中に手を入れ、丸まっている猫をそっと抱き上げた。

「あったかい……」

長毛のせいで大きく見えたものの、ほとんど何も食べていなかったその身体はとても軽く、二キロあるかないかといったところだ。

やせ細っているその猫は、僕の腕に抱かれると、ゆっくりとまぶたを開いた。

眩しそうに目を細めながらも、腕の中から僕の顔をしっかりと見上げている。

「五郎ちゃん……その猫、生きてる?」

「あぁ、生きてるよ……ちゃんと生きてる」

真冬でなかったことが幸いしたとも言えるが、それにしたって飲まず食わずでいったい何日経っているんだろう。

猫が苦手だという宏夢も、恐る恐る近づき、猫の顔をのぞき込んだ。

「こいつ……かわいい顔してるね」

「あぁ、そうだな。宏夢、なでてみろよ」

「ひっかかない?」

「こんなに衰弱してたら、ひっかく元気なんかないだろ」

宏夢は、ふわふわしたグレーの頭をそっとなでた。

「やわらかい……」

そして、何度も何度も優しくなでた。すると宏夢は、あることに気づいた。

「こいつ、全然鳴かないね。普通、なでられるとニャーッて言わない?」

言われてみれば、そうかもしれない。店先にいるノラ猫のミィちゃんも、弓子になでられるといつも甘えた声で鳴いている。この猫は、押入れから抱き上げた時も、口を開く様子すらなかった。

宏夢は、「腹が減ってて声が出ないのかな……」と言った。

確かに、そうかもしれない。もしかしたら鳴き疲れて声がかれてしまったのかもしれない。
いや、この猫は鳴けないわけでも、鳴かないわけでもない……。

鳴くのをやめたんだ──。

自分を置き去りにした飼い主を、待っても待っても帰ってこない日々が続き、いつしか「捨てられた現実」を知ったのだろう。

朝日も希望の光もない押入れの中で息をひそめ、命尽きるのをじっと待っているしかなかったんだ。

僕は、この猫に親近感を覚えた。幼い頃、僕と父を置いて出て行った母親が、必ず帰ってくると信じて待ったあの日々のように、この猫もきっと飼い主の温かい手を待ち続けたに違いない。

すると、荒れ果てたキッチンの隅に、猫用の缶詰が一つ転がっているのを宏夢が見つけた。僕たちは即座にその缶詰を開け、食べやすいよう中のエサをほんの少し床に出してみた。グレーの猫は弱々しくも、ぽつりぽつりとエサを食べ始めた。

その姿を見て、僕はふと疑問を感じた。引き取りに来る動物関係の業者は、こんなに弱った猫を本当に必要としているのだろうか。引き取ったあとの目的は、いったい何なんだろう。
そんなことを考えつつ、僕はあることを思い出した。

『ネコは、ごはんを何日食べなければ死にますか?』

弓子が置いていったノートに書いてあった奇妙な質問も、どこかに置き去りの猫のことかもしれない。いや、もしかすると……。

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モデルプロフィール

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・名前     :micha
・生年月日   :1992.11.19
・出身     :東京
・職業     :主婦・自営業・被写体
・将来の夢   :ハンドメイドのデザイナーブランドの洋服モデルになること。
・Twitter   :@igasama
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