あなたにとって、名スピーチといえば誰のものを思い浮かべますか? Googleで「名スピーチ」と検索してみたところ、スティーブ・ジョブズ氏、マーク・ザッカーバーグ氏、孫正義氏らのスピーチが検索結果に上がってきました。
一方で、下手なスピーチとは、どんなものでしょうか。例えば、結婚式でのスピーチ。視線が原稿に落ちたままだったり、早口だったり。話す人の緊張感が伝わってくるようなスピーチを聞いて、果たして新郎新婦・ゲストの皆さんは感動するでしょうか。「早く乾杯しないかな〜」なんて思われていたら、すごく悲しいですよね…。
では、スピーチの上手・下手を分けるのは一体なんなのでしょうか? ボキャブラリー? 構成力?
いいえ、そうではありません。
『たった一言で人を動かす 最高の話し方』の著者・矢野香さんは、「間」こそが、話し方の良し悪しを分けるのだ、と言い切っています。
私が「間」と聞いて真っ先に思い浮かんだのが、落語家。一瞬の「間」のあと、絶妙なタイミングでまた話し始める落語家の話ぶりは、「おっと、次は何が起こるのかな」と聴衆を引きつけますよね。
その「間」は、噺家さんならではのテクニックなのでは? 素人の私でも取り入れられるのだろうか? と少々不安に思いながらも、本書を読み進めてみると、その不安は全く不要でした。
本書では、明日にでも実践できる「間」の取り入れ方がふんだんに紹介されています。今回は、そのなかから2つのテクニックをご紹介したいと思います。
NHKキャスター時代に経験した「伝わらない!」
でもその前に、少し著者についてご紹介させてください。矢野香さんはNHKキャスター歴17年、現在はスピーチコンサルタントをされています。
かつて矢野さんがNHKキャスターだった頃、観客入りのスタジオで公開生放送の司会をする機会がありました。矢野さんが「会場の皆さんはいかがですか?」と問いかけても、なんの反応もかえってこなかったそうです。
しかしゲストが話し始めた途端、客席は一変! 笑いや拍手などの反応がかえってきて、大変盛り上がったそうなのです。
不完全燃焼でこの収録を終えた矢野さんは、ご自身とゲストの話し方の違いを分析しました。台本に書いてあるセリフを間違いなく、正しく綺麗に話すだけだった矢野さんに対し、ゲストはところどころ絶妙なタイミングで「間」を挿入し、客席からの反応を引き出していたというのです。
この経験をもとに、矢野さんは職場の先輩アナウンサーや様々な人物の「間」を研究し、意識して「間」をとるようにし始めました。
すると聞き手からリアクションが生まれ、会場と一体になった司会や講演ができるようになったと言います。そう、ただ「話す」のではなく「伝える」ことができるようになったのです。
本書は、矢野さんがNHKキャスター時代から研究を重ねた「間」についての集大成とも言える一冊であり、すぐにでも取り入れることのできる「間」に関するテクニックが惜しげもなく紹介されています。
それでは、「間」の取り入れ方のテクニックについて、ご紹介します。
「間」は長さ別に3つに分類できる
まず、「間」の種類について見てみましょう。「間」の長さを変えることによって、聞き手への伝わり方を操作することができます。
①ショートの「間」(長さ1、2秒)
急いで息を吸うぐらいの「間」です。リラックスして話していることを聞き手に感じさせたいときは、ショートの「間」を使います。
1対1で話しているときだけでなく、大勢の前でのスピーチで一人一人に語りかけているように聞かせたいときにも効果的です。1、2秒と比較的短いので「間」初心者でも実践しやすいでしょう。
②スタンダードの「間」(長さ3秒以上)
標準の長さの「間」。3秒というのは、話し手の言葉が相手の耳から脳へ届くまでの時間です。
実際に3秒の「間」を取ってみると、話し手にとっては驚くほど長い時間に感じます。しかしショートの「間」を使ってしまうと、聞き手が思考を深めることができないまま、話が通り過ぎてしまいます。聞き手に考えてもらいたい場(謝罪する、叱る、褒める、励ます、感謝する)で用いると効果的です。
例:叱る
「残念だよ。○○○(3秒の間)君には期待しているんだ」
※本書では、「間」はワンちゃんの絵文字🐶で表現されています。どこで「間」を取ればいいのか、ワンちゃんを見れば一目瞭然です。
③ロングの「間」(長さ5秒以上)
「間」上級者向けです。聞き手からの注目を集めたい時に用いると効果的です。
例えば壇上に立ってもすぐには話を始めずに、聞き手のざわめきがおさまるまでしばらく会場を見渡す。この動作で、聞き手は他の人との雑談やスマホを操作する手を止め、話し手に視線を向けます。(小学校の先生が、授業が始まっても笑顔で黒板の前に立っていることがよくありましたが、これは休み時間で興奮した生徒たちが雑談をやめ、先生に注目するのを待つためのロングの「間」だったんだな、と納得)
「一文一息(いちぶんいっそく)」
「一文一息」とは、一回の息の量で一文を話し終えることです。一文一文が短く終わりますので、文章が冗長になることを防ぎ、聞き手に伝わりやすくなります。
また息継ぎのための時間を取ることで、自然と「間」を話中に盛り込むことができます。
本書では、小泉進次郎氏の初当選から8年後のスピーチを例にとって、「一文一息」の効果を説明しています。
例:小泉進次郎氏のスピーチ
○○○(3秒の「間」)
今日で、僕の初当選からちょうど8年です。
○(1秒の「間」)
えーこの8年、
○○○(3秒の「間」)
今でもあの時のことを忘れません。
○○○(3秒の「間」)
あの時の暑さ、
○(1秒の「間」)
苦しさ。
○○○(3秒の「間」)
そんな中でも支えてくれた人たちへの感謝。
○○○(3秒の「間」)
それを忘れないで
○(1秒の「間」)
これからも頑張ります。
○(1秒の「間」)
8年間本当にありがとうございます。
いかがですか? コメントを短く区切り、話中に「間」をふんだんに取り入れることで、息切れすることなく、かつ聞き手に伝わりやすい伝え方をしています。街頭演説で多くの聴衆を引きつける政治家、さすがの話し方です。
一文を50文字以内に収める
本書の表紙上部には「 “50文字” が『伝わらない』を解決する!」と書いてあります。その理由は、「一文を50文字以内に収めて話せば、聞き手に伝わりやすくなるから」です。
文章は短ければ短いほど、そのリズムやテンポから、人の記憶に強く残りやすくなるそうです。本当に聞き手に伝えたいエッセンスのみを凝縮した文章を練り上げましょう。
助詞(「が」「で」)や接続詞(「だから」「それで」「したがって」)などを多用した長い文章は、とても一息では話しきれません。また伝えたい趣旨がブレてしまい、聞き手の集中力も削がれてしまいます。
「一文一息」を実践するときも、文の始まりから結びの「〜です」までの一文を50文字以内に収めることを心がけてください。より力強く聞き手を動かしたいときは、さらに短く、35文字以内に収めてみましょう。
とは言っても、文章を短くするのはそう簡単なことではありませんよね。
本書では、一文を短くするためのヒントとして、
- 「〜と思います」などの迷いを感じさせるような表現は削ぎ落とすこと、
- 「PREP法」と呼ばれる「結論→理由→例示→結論」の4ステップで、理路整然とした文章を構成すること
が提案されています。(この一連の作業は、Twitterで140文字をオーバーしてしまった時に、不必要な要素を削ぎ落とす作業によく似ていますね)
「間」を意識して、「話す」から「伝える」へレベルを上げましょう!
ここまで本書で紹介されている「間」に関する知識・テクニックから、「間」の種類と「一文一息」について抜粋して紹介しました。
大切なスピーチやプレゼンテーションにはもちろん、何気ない会話でも「間」を取り入れることで、より効果的に聞き手に「伝える」ことができること、お分かりになっていただけたことでしょう。
本書は、いつでも手の届くところに置いておき、「間」の取り入れ方の辞書的に使うのがお勧めです。繰り返し実践することで、聞き手に伝わる話し方が身につくはずです。