過労自殺…「私は大丈夫」と思っている人にこそ読んでほしい本

過労自殺…「私は大丈夫」と思っている人にこそ読んでほしい本




 こんにちは、ひとはです。

 私が毎日使っている東京近郊の私鉄では、毎週のように人身事故で電車が止まってしまいます。ニュースにはならないので、事故の原因が何なのかは分かりませんが、その中には、過重労働に耐え切れなくなった人や仕事上のストレスに押しつぶされてしまった人が飛び込み自殺してしまったケースもあると思います。

 そうした人たちがもしこの本を手に取っていたら、自ら人生をお終いにすることを思いとどまれたのではないかと思うと、残念な気持ちが胸の奥から込み上げてきます。

 働き方改革が叫ばれる一方で、残業代の未払いや過労死が大きな社会問題となっている昨今。仕事をしながら本当につらい思いをしている人たちの心に寄り添った本書は、当事者だけでなく、その予備軍でもある私たちみんなが、人間の心の弱さと、それに対処する方法を理解するために読んでおくべき一冊です。

 シンプルなイラストの漫画で語られるストーリーでは、経験した人でないと分からない心の葛藤が描かれており、そこに精神科医による専門的な解説が加えられるのが本書の構成です。

 単に励ますわけでなく、元気出せと声援を送るわけでもなく、ただただあなたにやさしく寄り添うことで、まるで母親に抱かれているような心の安定を取り戻させてくれる力を持っています。

 すでにベストセラーとなり、多くの人の共感を呼んでいる本書ですが、もし「漫画だから」という理由で手に取っていない人がいるとしたら、とてももったいないことです。これほど人の心を理解し、心に沁み込み、希望を持たせてくれる本はそうありません。

 ビジネス書でもハウツーものでも自己啓発書でもなく、もちろん文学書でもありませんが、本というものが持っている力の、まったく新しい可能性を示してくれる一冊だと感じました。

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過労自殺寸前の人の心理とは?

 著者の汐街コナさんは、かつて残業に疲れ自殺寸前まで追い込まれた経験から、同じ思いで苦しんでいる人たちの助けに少しでもなればという思いでこの本を書いたそうです。

 それ故、冒頭で電車に飛び込んでしまう人の心理を描いたストーリーにはリアリティがあり、ドキッとさせられます。

 「人気のない地下鉄の駅でふと気づいた。今一歩踏み出せば明日は会社に行かなくていい。一歩、たった一歩、それだけで」

 「死ぬくらいなら会社を辞めればいい」ーー当事者でない人からすればそう思ってしまうかもしれません。部署異動を願い出るとか、思い切って会社を休んでしまうとか、何か楽しいことをして気分転換すれば良いのではないかと思ってしまうものです。

 しかし残業や仕事のストレスで心も体も疲れ切ってしまうと、そんな選択肢があることすら考えられなくなり、目の前にある仕事をやりきる道しか見えなくなってしまうのだそうです。

 そして行き着く先が、過労自殺。

 こうなってしまう理由として、本書では「学習性無力感」という、心理学では有名な概念が紹介されています。これは「長期に渡ってストレスの回避困難な環境に置かれた人や動物は、その状況から逃れようとする努力すら行わなくなる」という現象です。

 例えばサーカスの像は、小さい頃から足に紐をくくられ、杭につながれて育つので、抵抗しても無駄ということがインプットされてしまいます。そのため大きくなって簡単に杭を抜く力がついても、逃げるという発想がなくなってしまうのです。

 それと同じで、人間も過度のストレスを受け続けると、「逃げ出す」という選択肢が見えなくなってしまうといいます。

見えない刃物でゆるやかに刺されている…

 つらくて休みたいとき、辞めてしまいたいとき、こんなことを言う人がいませんか? 「世の中にはもっとつらい人がいるんだから我慢しなさい」「俺がおまえくらいの年齢だった頃は倍は働いていたぞ」「まだマシじゃん、私の方が大変だよ」のように…。

 こういうときは、口に出さなくてもいいのでこう思いましょう。

 「あっそ、カンケーねーよ」と。

 例えば包丁を持った不審者が目の前に現れたら、ほとんどの人は自分に危機が迫っていると感じて、すぐに逃げるはずです。

 長時間労働やパワハラなどで心身を壊してしまった場合も、それとよく似ているのです。違うのは、致命傷を負うまでの時間が、包丁で刺されてしまうよりもゆるやかというだけ。どちらも同じくらい危険なことなのだということを理解しましょう。

 まだ大丈夫と自分に言い聞かせているその陰で、見えない刃物でゆるやかに刺されていませんか?

 「それは大丈夫ではありません、すみやかに逃げましょう」ーーコナさんはがんばりすぎないことが大切だとしています。

 しかしどこまでがんばればいいのか、自分ではわかりにくいものですよね。そこで心療内科へ行くことも勧められていますが、それさえも躊躇する人が多いかもしれません。

 そうした方たちの不安を取り除いてくれる説明も丁寧にされていて、あらゆる人の心の状態に繊細に気を配る著者のやさしさを感じました。

周りの人たちが取るべき態度とは?

 この本のもう一つの特徴は、精神科医のゆうきゆうさんの解説が加えられていることです。例えば忙しく仕事をしていてもイキイキとしている人と疲弊しきってしまう人との違いは、

  1. がんばっていることが自分自身で決めたことかどうか
  2. がんばったことの成果が分かりやすいか

 というのが重要な要素だそうです。ですから単純な作業でも自分なりに工夫したり変化を付けたりすることで、気持ちが変わってくるとアドバイスしています。

 周りの人たちの取るべき態度としては、「心療内科に行きなさい」とか「会社休みなさい」と詰め寄るような言い方をすることは逆効果で、「自分なら心療内科に行くレベルの仕事だね…」とか、「お仕事大変だね、私だったら休んじゃう…」のように、「自分だったら」というスタンスで相手の気持ちに寄り添うようにソフトに伝えることを心掛けるべきだと勧めています。



なぜ、会社を辞められないのか?

 本書では、会社を辞められない理由(ワケ)は、転職するのが不安、会社を辞めたら親が心配するし、世間体もあるし、お金も心配だし、会社に迷惑がかかるし、上司や同僚のことを考えると自分だけ辞められないし…など、他人を中心に考えてしまうことが主な原因だとしています。

 担当者は俺一人だから、この仕事は自分にしか分からないから、店長で責任者だから、私が休むとみんなが困るからーーこのように考え、自分は休むことなどできない、辞めるわけにはないと思っているあなた。「俺がやらねば誰がやる?」と思い込んでいませんか。

 会社というのは、誰かが欠けても動くようになっており、「俺がやらねば誰かがやる」のです。

 この言葉には、これまでのあなたの固定概念、思い込みを打ち砕いてくれるインパクトがあるのではないでしょうか。

 著者のコナさんは、デザイナーになる夢と漫画家になる夢をあきらめた経験があるそうです。しかし「漫画で多くの人の心を動かしたい」という夢は、本書を上梓するという思わぬ形で叶いました。

 世界は広く、道は数多く、それらはつながっているんだというコナさんのメッセージは、暗闇の中の一本道を進むように狭くなってしまった視野を、広い世界へ向けてくれる力になることでしょう。

 そして「自分は絶対に大丈夫」と思っている人にこそ、この本を読んでいただきたいと思いました。これからの人生の大切な指針となることは間違いありません。

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ひとは
会社勤めの中で開発から管理から国際ビジネスまで、随分と長い道のりを歩いてきました。 その間、本から得た知識や教えが支えてくれたのは間違いありません。

だけど本当は純文学が大好き!ビジネス書も奥深い名著を紹介したいと思っています。




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